神谷さんはなぜ巨乳化したのか

先日、火花を読んだ。 

火花 (文春文庫)

火花 (文春文庫)

 

文学作品を読むのは久しぶりだった。そのため、客観的な評価を述べることはできないが、大変満足している。しかし、気になった点が一つある。それは神谷さんが巨乳になる点である。

巨乳化

 あらすじ等については後程補足する。できれば、実際に手に取ってみてほしい。ということで早速本題に移る。物語終盤、神谷さんは巨乳になる。

Fカップです」と神谷さんは、両手で胸を支えるようにして、確かにそう言った。

「なにしてんねん」

火花 (文春文庫)

なにしてんねん。 実写ドラマは見ていないが、すごい絵面だと思う。

 しかし、なぜ巨乳なのか。 神谷さんは自身の漫才観についてこう語っている。

「美しい世界を、鮮やかな世界をいかに台無しにするかが肝心なんや」

火花 (文春文庫)

美しいモノを破壊する漫才。それは世界であり、会話であり、空間である。

つまり、神谷さんにとって巨乳化とは、「肉体の均衡(=美しい)を台無しにする」ことだったのではないか。

おっさんにFカップの巨乳がひっつき、無事破壊完了。神谷さんという人間を分かっている読者からすると、この行動に疑問はない。神谷さんの漫才スタイルの範囲だと思う。純粋に面白さを追求した結果である。しかし、なぜ巨乳なのか?角でも鶏冠でも羽でもよかったはずだ(できるかどうかは別として)。なぜ巨乳でなければならなかったのかを考察する。

なぜ人間の女性は閉経するのか

文庫 人間の性はなぜ奇妙に進化したのか (草思社文庫)

文庫 人間の性はなぜ奇妙に進化したのか (草思社文庫)

 

 火花を読む前に、こちらの本を読んだ。人間以外の動物と人間とを比べることによって、人間の性特徴がいかに奇妙かを明らかにし、祖先がどのようにその特徴を獲得してきたかを解説した本。閉経という人間の持っている奇妙な特徴について考察している章でこう書いてある。

ソロモン諸島レンネル島で、最大のサイクロン(フンギ・ケンギ)が島を襲った際、壊滅的な被害を受け人々は餓死寸前となった。人々は普段なら食べない野生の果実を食べて生き残ったが、どれが食べられるのか、毒を抜く調理方法など細かい知識が駆使された。この知識を持っていたのは部族の老婆である。

文庫 人間の性はなぜ奇妙に進化したのか (草思社文庫)

人間の女性がなぜ閉経するのかという疑問に対して、高齢出産というリスクを冒してまで子を増やすよりも、生殖活動をやめて子(=孫)が確実に生き延びるように立ち回ったほうが結果的に子孫が増える、という考察がなされている。部族が生き残るためには、知識を持った者が必要なのである。伝統社会にWikipediaは存在しないのだ。また、文字もない。彼女たちは閉経を迎えており、生物として最も重要であると思われる生殖活動を行っていない。生命活動のリソースを、子孫に知識を与えることに使っている。

つまり、老婆とは部族の「図書館」なのだ。伝統社会においてこれより強力な知識参照システムは存在しない。また、現代においてもそれは同じではないだろうか。

では男性はどうなのか。伝統社会において、男性は漁や狩りを行っている。その負担から女性ほどは長生きをしないと推測される。図書館として機能するほど知識を蓄えることができなかったのではないか。

図書館として機能する老婆

これらの話は伝統社会に限った話ではない。図書館として機能している老婆を我々は見ることができる。

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Leaf うたわれるもの」より

彼女はLeafの「うたわれるもの」に登場するトゥスクルである。彼女は、薬師であると同時に、村の長でもある。持っている知識で主人公や周りを助ける。まさに図書館。

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「AUGUST 千の刃濤、桃花染の皇姫」より

彼女はAUGUSTの「千の刃濤、桃花染の皇姫」に登場する里中である。彼女は帝王学と剣術の図書館である。国の第一皇女である「宮国朱璃」にスパルタでこれらを仕込む。

上記に、図書館として機能している老婆を挙げた。これらはフィクションの世界の中であるが、現実にも「おばあちゃんの知恵袋」なる言葉がある。我々は、老婆から知識を与えられている。また、知識を持っている老婆を頼る。その構造が、知識を与える者のデザインを老婆にしているのだろう。

「漫才の図書館」になる神谷さん

物語終盤の様子について少し補足しよう。

主人公の徳永は、仕事が増えていき、なんとか漫才だけで食っていけるようになっていく。しかし、師匠である神谷さんの仕事は増えていなかった。徳永のコンビの人気は一時的なもので、相方の結婚を機にコンビを解散。徳永は芸人をやめる。この頃から神谷さんは行方不明になる。恋人さえも居場所を知らない。約1年後、神谷さんは巨乳になって突如姿を現す。

神谷さんは、弟子である徳永に師匠として尊敬されながらも、漫才の稼ぎで大きな差をつけられてしまった。神谷さんは徳永に対して師匠であり続けなければならないというプレッシャーに押しつぶされていく。なぜなら、師匠とは弟子に知識を与える存在だからだ。

(中略)大林さんは、神谷さんが僕の前だと恰好をつけると言っていた。先天的に神谷さんが持っていた要素も勿論あったのだろうけど、生き難くなるほど幻想が巨大化したことについては、僕も共犯関係にあるのかもしれなかった。

火花 (文春文庫)

 神谷さんの周りに人間はいない。誰にも理解されない破天荒な漫才。徳永以外に頼ってくれる者などいない。このままでは孤独になってしまうと感じたのだろう。限界に達した神谷さんは、徳永に頼られ続けるために、より強力な知識参照システムになる。それが図書館である。そのために、女性の身体的特徴である乳房が必要だったのだ。それもはっきりとわかるような巨乳である。また、図書館として機能するのは老婆であり、閉経しているため生殖活動を行っていない。神谷さんは独身でかつ彼女も居場所が分からなかった。当然、生殖活動は行っていない。これで神谷さんは「漫才の図書館」となった。

その後、二人で熱海へ温泉旅行へ行く。そこで素人参加型の「熱海お笑い大会」のポスターを見つけた神谷さんが出たいと言い出す。神谷さんは露天風呂に浸かりながら漫才を作るのであった。徳永は「漫才の図書館」となった神谷さんに漫才作りを任せる。

 (中略)神谷さんは、窓の外から僕に向かって、「おい、とんでもない漫才思いついたぞ」と言って、全裸のまま垂直に何度も飛び跳ね美しい乳房を揺らし続けている。

火花 (文春文庫)

おわりに

巨乳でなければならなかった理由が分かったと思う。ちなみに、この考察は唐突に閃いたことである。普段からこんなことを考えて本を読んでいるわけではない。

参考にした文書を載せておく。

現代思想のパフォーマンス (光文社新書)

現代思想のパフォーマンス (光文社新書)

 
文庫 人間の性はなぜ奇妙に進化したのか (草思社文庫)

文庫 人間の性はなぜ奇妙に進化したのか (草思社文庫)