ユージオは正義を「犯した」

ソードアート・オンラインの3期が現在放送中である。原作は読了したため、改変を楽しみながらアニメを見ている。

ちなみに、3期は4クール放送される。スケール感の分からない方のために、アニメと原作のボリュームを比較してみた。納得の4クールである。なお、現在21巻が出ているが、新章なため含めていない。

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本題に入る。

現在、SAO3期は10話まで放送されている。

今回題材とするのは、9話冒頭の「ユージオとウンベールの立ち合い」から始まった一連の事件である*1。この事件において、ユージオは正義を「犯した」のである。

正義を「犯す」という耳慣れない言葉について、2009年にニトロプラスから発売された装甲悪鬼村正より解説していく。

正義を「犯す」とは

正義を「犯す」という言葉遣いについて、装甲悪鬼村正のサブヒロインである綾弥一条のルートの英雄編において登場した。綾弥一条は、正義感が強く、六波羅を恨んでいる。六波羅に正義の鉄槌を下したいと思っているが、彼女は至って普通の女学生である。武芸には通じているが、劔冑には敵わない。しかし、物語が進み、正義を体現したような劔冑である正宗を手に入れると実際に力を行使していく。装甲の口上から分かる通り、悪を滅するための劔冑である。この正宗と共に正義を執行する。

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装甲悪鬼村正」、英雄編より

一条はルート終盤、四公方の内の一人である遊佐童心を殺す。正義の名の下に、悪を始末した。遊佐童心は、自らが悪であり、正義によって始末されるべきだと自覚していた。しかし、その正義を打ち払うことで自らの生き様を全うできるとも考えており、素直に首を差し出さなかった。絶対的な悪を、絶対的な正義が始末した。しかし、後日に遊佐童心の小姓(側付き)が現れる。彼女の姉は童心の子を身ごもっていたが、童心が殺されたショックで発狂し、子と共に亡くなってしまう。生まれる前の赤子は、一条の行った正義により、悪ではないのに亡くなってしまった。その復讐で一条の前に現れたという。童心もまた、彼のことを正義だと称える者がおり、助けられた者がいた。正義とは二面性であり、見方によれば悪にもなり得る。一条は正義を犯したと知る。自らが悪に正義を執行しようとしても、その悪もまた自らの正義に従っているのだ。

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装甲悪鬼村正」、英雄編より

正義とは、必ずしも正しい結果のみをもたらすとは限らない。正義により、良からぬ結果も招いてしまうことを正義を犯すと表現している。もう一つ、一条が正義を犯したシーンを紹介しよう。

 

両親を殺された子供が、進駐軍の劔冑に対して、勇敢にも石を投げて戦ってしまう。当然、子供は殺される。その子供とは、前に一条が正義を説いて聞かせた子供だったのだ。ただの女学生である一条が、勇敢に戦っていると聞いてその正義に感化されたのだ。

一条の正義は眩しく、力を持たない者に希望を与えてしまう。もちろん、正義を行うのが悪いことと言っているのではない。正義によって、好まざる結果を招くことがあると分かったと思う。

ユージオが犯した正義

本題に入る。

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ソードアート・オンライン アリシゼーション」、9話より

9話冒頭、ユージオはウンベールとの立ち合いで引き分ける。ウンベールは次席、ユージオは序列5位である。本来であれば、ウンベールが勝つところだが、引き分けるという下克上が起こる。自尊心ドカ盛りのウンベールは、この下克上が許せない。原作のセリフを引用するが、アニメでも同様のセリフを漏らしている。

「ら、ライオス殿!オレ、いや私が、このような田舎剣士と引き分けるなど......!」

ソードアート・オンライン11 アリシゼーション・ターニング (電撃文庫)

この立ち合いを機にウンベールは、元から厳しかったであろう側付きのフレニーカへの指導がエスカレートする。女子生徒としては耐え難い内容、と表現されている。このことをティーゼから相談されたユージオは、ライオスとウンベールに抗議をしに行く。改善が見られないようなら教官へ調査を依頼することも止む無し。という内容である。

ウンベールに抗議をしに行ったということを、ユージオはティーゼに報告する。また、元はと言えば立ち合いが原因であるため、フレニーカに謝りたいとも言うユージオ。正しい。頼れる先輩。強い先輩....。

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ソードアート・オンライン アリシゼーション」、9話より

完全にメロメロである。

整理しよう。

  • 次席のウンベールに剣技で引き分ける(下克上)→力を示す
  • 逸脱とは言わないまでも、良からぬ行いを行うウンベールに対し抗議→正義の執行

今回の件に関しては、ウンベール側に正義は無い。挑発と腹いせである。しかし、ユージオは敵わないはずの序列上位に剣技で立ち向かい、行いを改めるよう抗議もした。貴族出身であるウンベールに、ユージオが行った一連の「正義」は、ティーゼに眩しく映ったに違いない。

「......私も、私も強くなります。ユージオ先輩のように......正しいこと、言わなきゃいけないことをきちんと言えるくらい強く」

ソードアート・オンライン11 アリシゼーション・ターニング (電撃文庫)

このように、ティーゼは正義に感化されてしまった。ちなみにアニメではこうだ。
「私も、私も強くなります。正しいこと、言わなきゃいけないことをきちんと言えるくらい強く。ユージオ先輩のように」(ソードアート・オンライン アリシゼーション、9話より)
アニメでは、ユージオの影響であることが強調されている。ユージオの行いは完全な正義だ。何も間違いはない。しかし、眩しすぎた。元々、挑発に乗ったり気にしたりするなという方針がキリトとユージオの間にあったはず。しかし、剣に込める想いを知るために、立ち合いを受けてしまった。正しく真っ直ぐな正義にティーゼは感化されてしまい、力にそぐわない勇敢さを身に着けてしまった。その結果、上級生で、力量も、貴族の等級も敵わないライオスとウンベールに立ち向かってしまう。

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ソードアート・オンライン アリシゼーション」、10話より

おわりに

正直、英雄編で語られる正義観と絡めるのはどうかと思ったが、眩しい正義っていうのは危ないよっていうのだけわかっていただけたら良い。正義を「犯す」というのはかなり極端な物言いであって、悪い行いのように聞こえるが、正義によってよからぬ事象も招いてしまうよくらいに捉えて欲しい。
似たような話として、Fate/ZEROで語られたセイバーの王道が挙げられる。強すぎる力に感化された力なき者達の末路が語られている。
ソードアート・オンライン プログレッシブ1 (電撃文庫)

ソードアート・オンライン プログレッシブ1 (電撃文庫)

 
邪悪宣言 装甲悪鬼村正 オリジナルサウンドトラック

邪悪宣言 装甲悪鬼村正 オリジナルサウンドトラック

 

 

*1:8話終盤から始まっていたようにも思えるが...。