【書評vol.1】女と男 なぜわかりあえないのか

 

女と男 なぜわかりあえないのか (文春新書)

女と男 なぜわかりあえないのか (文春新書)

 

 「性の基本は女、オスは「寄生虫」」

 

本を読み始めてすぐに、私は自らが寄生虫であると教えられた。

  生物とは何かとの問いに対して、リチャード・ドーキンス利己的な遺伝子』の「全ての生物は遺伝子を運ぶための生存機械だ」の一文にも驚いたが、本書の「オスは寄生虫」は非常に皮肉がきいていていい。自己のクローンをつくる方が有性生殖に比べ4倍*1も効率的であるにも関わらず、有性生殖を選択する生物もいるのは、ウイルスのような致死性の寄生生物に対する抵抗であると考えられている*2。もし全個体が同一の遺伝子を持っていれば、ある致死性のウイルスに対する抗体を持つ個体がいないので、種は全滅する。

  つまりオスは、メスに遺伝的な多様性を付加するのと交換で、メスの産む子孫に遺伝子を乗せていただいている。おまけに、細胞小器官まで出してもらいながら*3

  上記に述べたような生殖上の役割の違いをはじめ、女と男では様々な違いがあることがこれまでの研究で明らかになっている。本書では、女と男の違いに関する迷信や一般論、知られていなかった事実などが紹介される。

  例えば女と男では、卵巣や精巣から分泌される性ホルモンの作用により、全く違った人生を歩む。幼児思春期において、男児は約9ヶ月間にわたって成人男性と同様の高いテストステロンレベルに晒される。 筋肉が発達し身体機能が向上することで、取っ組み合いなどの男同士の遊びに備える。女児は、24ヶ月間にわたって成人女性と同様の高いエストロゲンレベルに晒される。それにより、高いコミュニケーション能力と共感力が備わる。安定した少年期を過ぎると、性ホルモンの荒れ狂う思春期に突入する。男では、テストステロンレベルが今までの20倍にも達し、世界が激変する。具体的には、セックスのことしか考えられなくなる

その結果、朝から真夜中まで、昨日も今日も明日も女の子のことで頭がいっぱいになる。

女と男 なぜわかりあえないのか (文春新書)

  一方、女性は月経周期内でエストロゲンプロゲステロンのレベルが変化するため、男性よりも荒れ狂う日常を送る。月経が始まった日を1日目とし、生理周期を28日(4週間)とすると、前半の2週間がエストロゲン後半の2週間がプロゲステロンである。エストロゲンには脳を活性化させる機能があるので、最初の2週間は人づきあいがよく頭脳明晰になる。14日目頃に排卵が起こり、脳を鎮静化させる機能のあるプロゲステロンが大量に分泌されるので、頭の回転が鈍くなりイライラする。月経周期の残り2日間では、エストロゲンプロゲステロンも分泌されないため、ストレスを感じて攻撃的になり、落ち込みやすく絶望して鬱々とした気分になる。ちなみに、9日目から15日目は排卵と呼ばれ、テストステロンも分泌されるので性欲が増す。妊娠確率の高い排卵前後に性欲が増すのは理に適っている。

  排卵前後はチンパンジーでは発情期と呼ばれ、お尻がピンク色に膨れ上がる。排卵シグナルを出すメリットとは効率の良いセックスである。人は祖先と分かれてから排卵時期を隠匿するように進化してきた。排卵を隠匿すると、父性の攪乱、父親をとどまらせるなどのメリットがある。これはハーレム、一夫多妻の配偶システムを経るにつれて変化してきた。2000年代、人にも発情期はあるのかという研究が行われてきた。その中でも、アメリカのジェフリー・ミラーらの研究は独創的で面白い。それは、トップレスダンサーの受け取るチップが生理周期でどのように変化するのかを記録した研究である。実験に協力したのはニューメキシコ州のクラブで働く18名のダンサーである。平均年齢は26.9歳で、ダンサー歴は平均6.4年だった。18名の内、7名は経口避妊薬排卵を抑制していた。他の11名は3ヶ月以上前から経口避妊薬を服用しておらず、排卵がある。60日間の実験の内、18名の平均チップ額は248.73ドルだった。経口避妊薬を服用していないダンサーは、エストロゲンのレベルに合わせてチップ額も増減していた。最も妊娠可能性が高く、エストロゲンレベルも高い排卵期では、チップの額は400ドル近くに達した。一方、経口避妊薬を服用していたダンサーのチップ額は、黄体期初期のピークですら平均を少し上回る程度であった。これを説明する有力な仮説は、人間の女性は排卵期により魅力的になり、踊りがセクシーになるということだ。男性客は思わず追加のチップを支払ってしまう。

  男と女では、性愛戦略が違う。男は精子をつくるコストが非常に小さいため、多くの女に自分の子供を産ませることが自らの遺伝子を多く残すために必要である。そのために他の男を蹴落とさなければならない。男は競争する性なのだ。一方女は、子供を産み育てるコストが非常に大きい*4ためパートナー選びを間違えると自らの遺伝子を残すことができない。また、残った遺伝子が他の男を蹴落とすことができない可能性もある。女は選択する性なのだ。著者は誤解を恐れずに男は単純女は複雑と述べている。

  本書は社会的な観点から女と男の違いを述べる本かと思いきや、生物学的な側面からも述べられている。思ったよりもアカデミックな読み物であった。引用論文も示されているので、そちらを読み込むことも可能だ。しかし、美人は得は本当かSNSで盛る心理など、分かりやすく解説したテーマもあるので、難しさはない。個人的には、利己的な遺伝子ダーウィンの覗き穴、人間の性はなぜ奇妙に進化したのか、セックスと恋愛の経済学、などを読んでいたため、まとめのまとめ感が否めなかった。しかし、初めてこの分野を知る分には十分だ。

ダーウィンの覗き穴:性的器官はいかに進化したか

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セックスと恋愛の経済学

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nmzfish.hatenablog.com

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*1:雄と会わなくていい、全ての個体が子を産める

*2:赤の女王仮説。一方で、セックスによって生殖細胞にエラーが生じるものの、偶然のプロセスであるため全くエラーが生じない個体も発生することがメリットとする説もある。

*3:人間の卵子の重量は精子より約100万倍重い

*4:卵子を作るコストが大きい、子育てに数年かかる、男による子殺しによる子育てのやり直し