【書評vol.2】あらすじで読むシェイクスピア全作品
「日本人は意外と知らない。欧米人は、誰もが知っている。」
海外ドラマを見ていると度々「シェイクスピアネタ」が出てくる。欧米人にとっては一般教養なのだ。とはいえ、私が拾えているネタは四大悲劇+ロミオとジュリエットくらいだが。
本書は、シェイクスピアの戯曲全40作品の
- あらすじ
- 人物相関図
- 作品の背景とポイント
- 名台詞
がまとめられている。
あらすじは各戯曲最大でも3ページ。大作のハムレットですらジャスト3ページなのだ。よほどの活字嫌いでない限り個々の読破は難しくない。あらすじ内で主な登場人物は太字で示されているのが親切だ。しかし、あらすじはあらすじであり、物語の起点やポイントがどのようにして起きたかなど詳しくは書かれていない。復習にはちょうどよく、予習には足りない。本書でシェイクスピアを履修したとするのは難しいだろう。また、人物相関図がとても分かりやすい。私は主にちくま文庫版でシェイクスピア作品を嗜んできたが、例えばちくま文庫版『尺には尺を』の最初に書いてある人物欄には、人物名と立場しか書かれていない。もっとも、ネタバレになるため示していないのだが。
ヴィンセンショー 公爵
アンジェロ 貴族、公爵の代理
エスカラス 年配の貴族
一方、本書では、ヴィンセンショー公爵とアンジェロ公爵代理は、見習い修道女イザベラに思いを寄せていることが示されている*1。関係性が一目で分かるのは非常に分かりやすい。
作品の背景とポイントでは、ハムレットが復讐劇として始まりながら最終的には復讐劇でなくなるところがポイントとして押さえられている。また、種本も紹介され、オセローでは『百話集』、タイタス・アンドロニカスはピロメーラーの逸話であることが述べられている。原作厨にも優しい。
名台詞は、日本語訳、英文、幕と場も示されているので、手元に文庫があれば前後の文脈も含めて知りたい時に助かる。名台詞を検索で探していても、作品、日本語、原文、場と幕の全てを同時に知るのは難しい。その台詞の詩的な解説まであるのはとても濃い。ロミオとジュリエットのある名台詞ではこうだ。
たった一つの私の恋が、憎い人から生まれるなんて。
知らずに逢うのが早すぎて、知ったときにはもう遅い。
憎らしい敵がなぜに慕わしい。
恋の芽生えが、恨めしい。 (第一幕第五場)
My only love sprung from my only hate!
Too early seen unknown, and known too late!
Prodigious birth of love it is to me
That I must love a loathed enemy.
―ジュリエットはロミオが敵の嫡男だと知って愕然とする。行末のhateとlateが韻を踏み、meとenemyが韻を踏む二行連句(ライミング・カプレット)。極めて技巧的な台詞である。
名台詞のチョイスも素晴らしい。「これは外せないでしょ」が大体入っている。本書はあらすじだけでなく、名台詞辞典としても機能している。上記は技巧的な解説ありきでチョイスしたように思えるが。名台詞の訳は、直訳でなく、変に回りくどくもない。詩的な響きも感じさせる素晴らしい訳である。
本書は、シェイクスピア全戯曲をあらすじで簡潔にまとめつつ、背景とポイントまで押さえたまさにガイドブックである。しかし、予習には物足りない。本書を読んだだけでは個々の戯曲はあまり理解できないと思われる。本書だけに留まらず、シェイクスピア戯曲本体も実際に読んでみて欲しい。
*1:ハートつきの矢印