かぐや様が面白いのはズレているからである

今期のアニメでは、かぐや様は告らせたい(以下かぐや様)がお気に入りである。

本作品は、互いに惹かれあっている四宮かぐやと白銀御行をメインとしたラブコメディだ。恋愛モノは基本的に好きなジャンルである。しかし、かぐや様はただの恋愛モノではない。知略をめぐらし、相手に告白させようとする恋愛頭脳が繰り広げられる*1。この独特の設定が面白い。コメディとしての面白さと、恋愛モノとしての面白さがある。アニメの評価も良いようである。

かぐや様の面白さはどこから生まれているのか。

かぐや様が面白いのはズレているからである

本記事は、かぐや様がなぜ面白いかを考察するものである。

面白さとは

以前、こちらの本を読んだ。高崎卓馬氏によって、探してでも見たくなったり、人に教えたくなったりするような魅力的な表現をつくるための方法や心構えが書かれた本である。ここで言う表現とは、主にCMの事を指しているが、映画などについても書かれている。

表現の技術―グッとくる映像にはルールがある

表現の技術―グッとくる映像にはルールがある

 

本の中で、面白さについてこう書かれている。

面白いものは、ほぼ間違いなく「ズレ」を持っています。なにかをズラすと、そこに面白さが発生する。(中略)すでにある価値観や出来事をそのまま使っても、それはそれ以下でもそれ以上でもない。

表現の技術―グッとくる映像にはルールがある

表現において、ズレこそが面白さの起点であると書かれている。本の中で、モンティパイソンというコメディグループのコントを例にした面白いズレの例や、ズレの技法を用いたTVCMの絵コンテなどが書かれている。面白いズレとは、コントやTVCMなど、媒体を選ばずに何にでも適用される。また、ズレとは見ている人が、何がズレているのかが分からなければならない。ズレが面白いからと言って、いたずらにズレを乱用しても、それは作り手がはしゃいでいるだけである。ズレはシーンや作品で一つにし、何がズレているのかを明確にするのがズレの使い方である。

アンジャッシュ

このようなズレを利用している面白いもので真っ先に思い浮かぶのは、アンジャッシュのコントである。特に印象に残っているのは、スーパーの店長役の渡部と、バイトの面接に来た人役の児島で行うコントである。渡部は、捕まえた万引き犯を事務所に連れて行ったと聞いて事務所にやってくる。しかし、事務所にいるのは、バイトの面接に来た児島である。ここでズレているのは二人の認識である。渡部は万引き犯だと勘違いして児島と接し、児島はバイトの面接だと思って渡部と接する。コントを見ている我々はこのズレを知っている。しかし、彼らはそれに気付かないように演じてコントを進行させていく。ズレていることに気付かない彼らのやり取りの滑稽さや、一生懸命さがたまらなくおかしい。これがアンジャッシュのコントの醍醐味である。

かぐや様が面白いのはズレているからである

話を本題に戻そう。

かぐや様においてズレているのは、四宮かぐやと白銀御行の恋愛価値観である。プライドの高い二人は、告白したら負けだと思い、互いが相手に告白させようと知略を巡らす。このズレによって、独特の世界観が生まれている。また、二人以外の登場人物は至って普通の恋愛価値観なのが、二人のズレをより際立たせている。

恋愛価値観のズレによって起こる恋愛頭脳戦を紹介しよう。アニメ1話の「映画に誘わせたい」において、書記の藤原千花が、当たった映画のペアチケットを生徒会室に持ってくる。しかも恋愛映画である。それを四宮かぐやと白銀御行に譲渡しようとする。白銀御行は、四宮かぐやを誘いかけたところで、藤原千花から「その映画を男女で見に行くと結ばれる」というジンクスを聞かされる。そんな映画に誘うことは、告白同然である。実はそのペアチケットは、四宮かぐやが懸賞を偽装して、藤原千花の家のポストに投函したものであった。告白する側が負けだと考えている二人は、何とか映画に誘わせようと巧みな話術を繰り広げる。これが恋愛頭脳戦である。

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かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~」、1話より

まず、二人の恋愛価値観がズレていなければ、どちらかが誘って終わりである。ただの恋愛モノであれば、この状況で「ま、まぁ、ジンクスはジンクスだし...?」とか言って赤面しておけばこちらは満足である。しかし、ズレによって、四宮かぐやは懸賞を偽装してこの状況を作り出していたというくだらなさが発生する。今どきの若者なら、見たい映画をスマホで予約することにより、2秒で映画デートの約束が完了する。また、ジンクスありのこの映画に誘うという告白同然の行為を回避するために二人が一生懸命になる。くだらなさこそ、ズレによって生み出される面白さの1つである。

(中略)そこになにかとんでもなく大きな「くだらない」ものが発生しているのです。うっかりすると面白さを突きぬけて、今まで自分たちが守って来たものが実はしょせんこの程度のことなのかもしれない、という気分まで与えてくれたりします。

表現の技術―グッとくる映像にはルールがある

また、普段ズレたことばかりやっているため、不意に発生する照れた表情の破壊力がすさまじい。このようなことばかりやっていても、所詮は年頃の乙女なのだ。こちらは、恋愛モノとしての面白さだ。

つまり、ズレによって生じるくだらなさや一生懸命さ、それらから一転した時の恋愛モノとしての表情が、かぐや様の面白さなのだ。

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かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~」、1話より

おわりに

ズレが面白さの起点になることを述べた。かぐや様には、恋愛価値観のズレという視聴者に分かりやすくてかつ明確なズレがあることが分かった。言われるまでもなく楽しめているのならそれでいいが、今後はこのような点に注目してみるとよりかぐや様を楽しむことができるだろう。原作も買って読んでみたいところである。

 


 

 

*1:連載が進むにつれてその要素は薄くなっていくらしいが

湊斗光の破壊行動の考察

装甲悪鬼村正は、私の最も好きなノベルゲームの内の一つである。

邪悪宣言 装甲悪鬼村正 オリジナルサウンドトラック

邪悪宣言 装甲悪鬼村正 オリジナルサウンドトラック

重厚なシナリオ、緻密に作りこまれた世界観と、芯があって生き生きとしたキャラクターが魅力だ。名作中の名作である。本記事には重大なネタバレが含まれるため、未プレイであるならば見ないことを強く勧める。

また、先日こちらの本を読んだ。

攻撃―悪の自然誌

攻撃―悪の自然誌

動物の攻撃衝動や本能としての攻撃について解説した本である。

村正をプレイして気になった点がある。それは、湊斗光の破壊行動である。湊斗光は、社会規範が許さない願いを持ち続けていた。その願いが叶うことなく命尽き果てるというその時、力を手に入れた湊斗光は、規範を許さない社会(世界そのもの)を破壊して願いを叶えようとする。また、湊斗光は、世界を守るためならば規範を破るという行為すら許さなかった。プレイしていた時は気にも留めなかったし、湊斗光という人物ならばありえると思っていた。また、そのための動機もハッキリしている。しかし、今となっては突飛に感じる。もちろん、シナリオにケチをつけているわけではない。

本記事では、湊斗光の攻撃衝動について、上記の本を参考にして掘り下げてみる。

攻撃とは

そもそも攻撃とは、種を保つための本能である。外敵から身を守ることは言うまでもないが、同種に対する攻撃においてもだ。雄の縄張り争いなどで互いに攻撃しあう際、勝者は縄張りを維持できる*1。縄張りは子育ての場になる。縄張りのない雄は雌とつがえないこともある。より強い個体が遺伝子を残すことになる。それは、淘汰から逃げることを助ける。

Hannibal Poenaru - Nasty cat ! (by-sa).jpg
By Hannibal Poenaru from near Paris, France - flickr.com, CC 表示-継承 2.0, Link

また、本能的な行動様式は、抑制によってその行動様式を引き起こすのに必要な刺激の限界値が下がる。鳥に至っては、剥製であったり何もない場所へも求愛行動をするようになる。攻撃も本能である。抑制するとほんの小さな刺激でも攻撃衝動が引き起こされる。

ジュズカゲバトの雄から雌を遠ざける時間を、段階を追って順に長くしていき、各段階ごとに、雄の求愛行動を引き起こすにたりる対象を、実験的に調べたのである。(中略)独房に入れられてから数週間後には、ついに自分が入っている箱型のかごの、何もないすみへ向かって求愛行動を起こすまでになった。

攻撃―悪の自然誌

攻撃本能は、社会学者や心理学者によって一定の外的条件に対する反応だと考えられていた。であれば、その外的条件とやらを取り除いてやれば攻撃はなくなる。しかし、そうはならない。攻撃とは、反応ではなく自発的なものなのだ。また、フロイトは攻撃の自立性を認めた。攻撃が起こりやすくする原因として、愛の喪失を挙げている。

愛情を与えられず、攻撃本能を抑制された人間は簡単に攻撃衝動が引き起こされるということだ。

湊斗光の破壊行動

湊斗光について詳しく見てみよう。

宿星騎において、床に臥す前の彼女には暴力的な一面が見られた。

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装甲悪鬼村正」より

恐ろしいナマモノと言われるほどである。武芸に通じていた彼女はよく力で解決していたようである。これは、日常的に攻撃を行い、発散していたと見える。あくまでも、ラノベにありがちな暴力ヒロイン程度のレベルであった。破壊行動と言える程の事はしていない。頻繁にガス抜きをし、抑制されてはいなかった。

しかし、病で床に伏してからは、ほとんど寝たきりである。本来発散されるべき攻撃衝動は溜まっていく。溜まり、行き場を失った攻撃衝動によって、自らを傷つけるのである。攻撃とは本能であり、どこかで発散しなければならないのだ。

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装甲悪鬼村正」より

その衝動も、自らも死に至らしめてしまうため、景明に抑えられる。 抑制され、攻撃衝動が溜まり、限界値が下がっている状態である。そこで、二世村正に、「なら世界を壊せばいい」と言われ、この刺激によって攻撃衝動が一気に解放された。また、彼女は愛されていないと感じていた。愛が喪失していたのだ。愛の喪失により攻撃が起こりやすい状態で、攻撃衝動という本能の抑制により魔王を育てていたとも言える。

愛の喪失と、攻撃衝動の抑圧。ここに攻撃の準備は完了した。

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装甲悪鬼村正」より

おわりに

攻撃とは何なのかを知ることにより、「愛の喪失」と「抑制により刺激の限界値が下がる」という攻撃衝動に関する原理が、彼女にも働いていたと分かった。死ぬ寸前の少女の最後の儚い「銀星号」という輝きも、起こるべくして起こったものだったのだ。本来であれば痛みにのたうちまわり、その衝撃で死ぬ鉱毒病だが、景明の懸命の介護により、それが魔王の育成となっていたのが何とも皮肉である。

「Raven Steel」- 装甲悪鬼村正 邪念編 -

「Raven Steel」- 装甲悪鬼村正 邪念編 -

 

 

*1:大抵は威嚇によって力関係を示すだろうが

アイカツ!世界のアイドル達はなぜカラフルなのか

昨年末頃から、アイカツ!を見始めた。

アイカツ!1stシーズン Blu-ray BOX1

アイカツ!1stシーズン Blu-ray BOX1

 

私がこれまでに触れたアイドル作品といえば、デレマスとラブライブ!くらいだ。特別好きなジャンルでもない。しかし、アイカツ!にはハマった。初めの方こそステージシーンのぎこちないCGに困惑していたが、話が進むにつれてクオリティも上がり、気付けば胸を躍らせながらステージを見ていた。アイドルとして成長した星宮いちごが、ステージ対決において本当にどちらが勝つか分からないシーンなどはハラハラしながら見ていた。全体として、成長を描く物語であるが、それだけではない。回にもよるが、アニメ1話という枠の中にも、勇気、挑戦、挫折、努力、成長、これらが詰まっていることがある。圧縮ではなく、丁寧に描かれている。しかも、これらは1人の主人公のみで描かれるものではない。オーディションなどで彼女らのライバルとして対決したアイドルは、次々に主要キャラとしてその後の話にも登場する。それは、アイカツ!26-50話のOPである「ダイヤモンドハッピー」の歌詞の一節からも分かる。

昨日の敵さえ未来の仲間さ

ハッピーつかむ生き方さ(Go go Let's go!)

周囲の人に支えられ、仲間や好敵手と共に歩んでいくのだ。ライバルとして出会い、互いの実力を認め合い、互いに高めあい、仲間として成長する姿は美しいの一言である。長々と述べたが、端的に言うと「世界の美しさ」を教えてくれる作品である。

(2019/6/8追記)

アイカツ!アイカツスターズ!を全話見終わった。これら2作品を通した感想を書いた。

nmzfish.hatenablog.com

 

しかし、気になった点が1つある。それはアイカツ!世界のアイドル達がカラフルな点である。こちらの画像を見てほしい。これは主要キャラたちが集まっているシーンである。様々な色の髪色によってカラフルな印象を受ける。

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アイカツ!」、52話より

アニメ作品において、髪や目の色は重要なキャラクター記号である。なお、彼女たちのカラフルさについて、現実世界において云々などという無粋な話をしたいわけではない。しかし、なぜここまでカラフルなのか。その理由を解説していく。

攻撃

先日、こちらの本を読んだ。

攻撃―悪の自然誌

攻撃―悪の自然誌

 

攻撃衝動とはなんなのか。なぜ同種に対してまで攻撃を行うのかについて書かれた本である。主に野生動物を対象として得られた行動生理学の本である。こちらの本を参考にしてアイカツ!世界のアイドル達がなぜカラフルなのかについて解説していく。

サンゴ礁には、様々な魚が生息している。水族館のサンゴ礁コーナーなどを想像してみてほしい。そこにはカラフルな魚たちがいたのではないだろうか。

Oriental butterflyfish.jpg
By R.horibe - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, Link

これらの色鮮やかな魚たちには3種類の特徴がある。それは定住性独り暮らし攻撃性が強いことである。

彼らはある一定の縄張りを持ち、そこで独りで生活する*1。縄張り内に同種の魚が入ってきた場合、激しい戦いを繰り広げる。いかに攻撃性が強い種類でも、攻撃は同種にのみ向けられるのだ。自然海の中では大抵、弱者が逃げれば戦いは終わる。しかし、水槽内であれば逃げ場がないため弱者は殺される。このような同種に対する激しい攻撃性は一見、種の破滅をもたらすように思える。しかし、この攻撃性には種を保つ働きがあるのだ。もし、縄張りの侵入を寛容に許すならば、たちまち周囲の餌が枯渇してしまう。同じ種とは食べる餌もまた同じだからだ。また、複数で仲良く捕食者に捉えられてしまう可能性もあるだろう。それを防ぐためにも彼らは目立つ必要があった。他種と見分けやすい目立つ色合いになれば、同種の認識が容易になる。不用意な戦いを避けるためにも、縄張りはある一定の距離を空けて存在することになる。つまり、己の種を守るために各々が目立つ色になったのだ。

この危険を封じるいちばんかんたんな手だては、同じ種の動物は互いに相手を寄せつけないというやり方だ。これこそ、あからさまな言い方だが、種内攻撃の種を保つ働きのうちもっとも重要なものなのである。

攻撃―悪の自然誌

Coral Outcrop Flynn Reef.jpg
By Toby Hudson - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, Link

魚たちにとって、サンゴ礁ほど多種多様な食物がある環境はないだろう。しかし、あらゆる種の魚たちが寄ってたかって同じものばかり食べていては簡単に枯渇してしまう。だから、例えば、プランクトンのみを食べる、貝を食べる、ように何かに特化した職業を持たなければならない。

人間の職業生活に例をとれば、いなかの一定の地域の中に医師とか商人とか自転車屋がたくさんいて、それぞれにみな繁盛することを願うなら、これらの職業の各代表は、同業者ができるだけ遠く離れて居を定めるように、うまく調整をはかるだろう。

攻撃―悪の自然誌 

サンゴ礁の魚たちとアイカツ!世界のアイドルとの共通点

サンゴ礁の魚たちを例にとって、なぜカラフルなのかを述べた。それは種を保つ働きであった。しかし、カラフルな魚たちが種を保つために攻撃性が強いからと言って、容易にアイカツ!に当てはめてはいけない。なぜなら、アイドル達は攻撃性が強いと述べることになってしまうからだ。落ち着いてゆっくり話をアイカツ!に戻そう。

まず定住性についてだが、これはアイドル達が持っているメインの仕事に相当する。アイカツ!の1~101話における主要キャラである星宮いちご、霧矢あおい、紫吹蘭を例にとると、バラエティ、女優、モデルがメインの仕事であろう。もちろん、ステージはするし他の仕事をすることもある。だが、メインの仕事と言えばこれらであろう。ほとんどのアイドルは自らに合った仕事のジャンルを決める。物語の中で路線変更はない。定住性があると言っていい。2ndシーズンの主要キャラである大空あかりは、朝のお天気コーナーの担当を持っている。

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アイカツ!」、117話より

次に、一人暮らしである。これに関しては少々複雑だ。サンゴ礁の魚たちにおいては、縄張りを持って同種を寄せ付けない結果、一人暮らしに見える。というのが真実である。アイカツ!世界においては、仕事の枠に相当するだろう。何らかの仕事のためのオーディションがあるのだが、枠は大抵一つである。また、上記の3人においても、各々のメインの仕事は一人で行っている*2

最後に、攻撃性である。彼女たちに好戦的な性質は全く見受けられない。では何が攻撃性に該当するか。それはステージである。

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アイカツ!」、53話より

1つの仕事枠に多数の応募があった場合どうするか。そう、ステージによってアイドルとしての優劣を決めるのだ。入学試験、モデルのオーディション、あらゆる物事がステージで解決される。この様子を客観的に見れば、彼女たちは好戦的であると受け取れるだろう。ただし、彼女たち自身の攻撃性というよりは、アイカツ!世界の特性だろう。顕著な例として、スターライトクイーンが挙げられる。これは、中等部において最も優れたアイドルを決めるイベントである。ファン投票や、仕事量などを客観的に見て話し合いで決めてもいいだろう。しかし、彼女らはステージによって優劣をつける*3

アイカツ!世界のアイドル達はなぜカラフルなのか

アイカツ!世界のアイドル達も、サンゴ礁の魚たちがカラフルである理由と同様の特徴を持っていると分かった。アイカツ!世界において、アイドルの活動の幅は広い。モデル、ドラマ、バラエティ、ブランドのミューズ*4、CM、商品宣伝、など多岐に渡る。これは、サンゴ礁が多種多様な食物を供給するのと同じである。もし、多くのアイドル達がモデルを自らのメインの仕事としようとしたらどうだろう。たちまちモデルの仕事は枯渇してしまう。アイドル達も、自らのアイカツの方向性を定めなければならない。また、アイドル達は、ある一定の距離を空けて同業者*5アイカツをしていかなければならない。サンゴ礁の魚たちにおいては、同種を判別する手段は色合いのみであった。同じ色の魚を見かけたらそれは同種であり、距離を取らなければならない。しかし、アイドル達は、同業者が必ずしも同様の姿形色合いをしているとは限らない。画像の彼女らのように、「」のテイストとしてキャラが被ってしまうと、文字通りの戦闘が発生してしまう*6

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アイカツ!」、119話より

では、色は重要なファクターではないのか。サンゴ礁の魚たちほど色には頼らないだろう。ここで、霧矢あおいを例にとる。霧矢あおいのメインの仕事は女優である。イケナイ刑事という刑事モノを長らくやっている設定がある。もし、未熟なアイドルがイケナイ刑事の仕事をしたいと思ったとする。現在やっている者が目立たないと、容易にイケナイ刑事を自らのアイカツの方向性として定めてしまう可能性がある。そうすると、すでに枠が埋まっているため、仕事が無くなる、もしくはステージ対決が発生してしまう。色が種類や職種を決めるサンゴ礁の魚たちと違って、アイカツ!世界におけるアイドル達の色とは、単に目立たせる機能のみを持っていると考えられる。それも、他のアイドルとは遠くて目立つ色でなければならない。つまり、アイカツという多様な仕事が供給される世界においても、自らの仕事を守るために同業者と一定の距離を空けるため目立つ必要があるのだ。

一方、筆者が他に知っているアイドル作品であるデレマスの登場人物たちを見てみよう。

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TVアニメ「アイドルマスターシンデレラガールズ」オフィシャルサイトより

デレマス世界の彼女達の仕事は、典型的なアイドルとほぼ同様である。アイカツほどの仕事の幅はない。そのため、なんらかの方向性を決める定住という性質は薄い。また、ユニットでの活動が主である。ステージ対決などもない。アイドルという一括りなので縄張りもないし、同業者との接近も大した問題ではない。彼女達がアイカツ!世界のアイドル達に比べてカラフルでないのは、環境が違うから必要なかったのだ。

おわりに

サンゴ礁のカラフルな魚たちとアイカツ!世界のアイドル達との共通点を述べた。おおよそ同様の理由からカラフルであることを解説した。サンゴ礁の魚たちは色が種類を決めるが、アイカツ!世界のアイドル達は色が仕事を決めるわけではないので完全に同様の構造ではない。本記事を執筆時、dアニメにて122話まで視聴し、劇場版は未視聴である。女児向けというイメージがあり、アイドルものが特別好きなジャンルでもなかったため、勧められてもイマイチ見る気になれなかった。しかし、思い切って見てみたらハマった。

劇場版アイカツ! 豪華版 [Blu-ray]

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*1:永続的な結婚状態の2匹を除いて

*2:彼女らは3人のユニットを組んでいるので一概には言えない

*3:もちろん、ステージはアイドルの実力が最も現れる場であろう

*4:そのブランドを代表するモデル

*5:アイカツにおける同業者とは、自らの方向性と同じアイカツをする者である

*6:これは稽古であり、その後ステージで対決をするが