ニューロマンサーがいかにサイバーでパンクで男心をくすぐるか

先日、ニューロマンサーを読んだ。サイバーパンクの代名詞的作品である。

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

 

しかし、1回読み終わった時点で全く理解できなかった。本当に理解できないまま最後まで読んだ*1。読了後、感想を調べて補間しようとしたところ、感想の前に「解説」が出てきた。私と同様に、難解だと感じた人のために、解説している人がいた。これらを読み、用語、あらすじを理解した上で2周目に臨んだ。2周目を読み終えて、非常に面白い作品だと感じた。あまりにも少ない情景描写なども、まだインターネットが個人に広く普及する前の時代に、ようやく想像を膨らませた結果だと思えば味にも感じることができる。この世界観が、CPUクロックMHz、メモリがKBの時代に生まれたことに驚きだ。
nmzfish.hatenablog.com

タイトル通り、考察なども特に無く、ただ「いかにサイバーでパンクなのか」について書き連ねたいと思う。また、本作品の読み方について解説も行う。用語や世界観については、wikipediaにも書かれているので参照されたし。あらすじも書いてある。また、物語独自のガジェットや登場人物について、作中で解説は一切ない。読んでいる内に分かるだろう、で読み進めると、結局なんなのかよく分からないまま最後まで行ってしまう。先人の教え通り「まず最後まで読め」から2周目を読むのもいいが、予習することを勧める。または、何か分からない単語にぶつかるたびに調べる。

ja.wikipedia.org

読み方

本作品には、疑問符が登場しない。代わりに、「……」が使われる。具体的にはこうだ。

「煙草、いる......」

と踵ポケットからフィルターつき叶和圓の皺くちゃのパッケージを取り出し、一本すすめてくれた。ケイスはそれを取り、赤いプラスティック・チューブで火をつけてもらう。

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

「煙草、いる......」は「煙草、いる?」と同義である。読む際は注意が必要だ*2

 

本作品を読んでいて最も困惑するのは、場面の切り替わりだ。一行空くと、もう場面がガラリと切り替わったと思った方がいい。

「じっとしてないと、喉首を切り刻んでやる。あんた、まだエンドルフィン抑制剤漬けなんだよ」

 

目醒めると、脇でモリイが闇の中に寝そべっていた。

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

用語と場面を理解し、これらに気を付ければ、楽しみながら読み進められるだろう。

いかにサイバーでパンクで男心をくすぐるか

本作品が、いかにサイバーでパンクで男心をくすぐるかについて書き連ねていく*3

世界観

まず、書き出し。

港の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった。

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

TV noise.jpg
By Mysid - Self-taken photograph., パブリック・ドメイン, Link

この書き出しで、脳内がじっとりとしていてノイジーな灰色に染められる。詳しい情景描写よりも、こちらの方がストレートでいい。これは私の勝手な想像だが、ひどい日は頑丈なマスク無しでは外出できないくらい大気汚染が進行している。「空きチャンネルのTV色の空」とは、そういう空である。また、この表現が絶妙でいい。言葉選びがうまいのも本作品の魅力だ。その後のバーでの会話も、埃っぽくて、錆びついてて、どことなく退廃的な雰囲気を感じさせる。ちなみに、私が触れたサイバーパンク作品の内の一つに「鬼哭街」が挙げられる。「鬼哭街」も、冒頭から降りしきる雨が描かれる。それも、科学技術の発展に伴って環境汚染が深刻化していることを匂わせる酸性雨

舞台になる千葉は、臓器移植、神経接合、微細生体工学(マイクロバイオニクス)と同義になっているという設定。これは私の勝手な想像だが、東京埼玉神奈川は、とっくにこれらの技術が規制されている。規制から逃げて辿り着いた先が千葉なのだ。

主人公

主人公は元々「インターネット世界に意識を没入してハッキングする」凄腕のハッカーである。しかし、仕事で犯したタブーへの罰として、インターネット世界に意識を没入する能力を奪われてしまう*4。ハッキングこそが生きがいだった主人公は、その後クスリ漬けで堕落した日々を送るようになる。能力を取り戻すための治療を行う代わりに仕事を手伝わされるのだが、ここら辺の彼の心理描写が引き込まれた。冒頭から「生きがいを無くして堕落した主人公」が描かれてきたため、治療から復活までで、まさに生き返ったかのような主人公の心境がうまく描かれている。冗長でなく、しかし、言葉は足りている。能力を取り戻してからの初仕事で、大企業にハッキングを仕掛けるのだが、その様子が生き生きしていていい。錆びついた刀を研ぎなおし、その切れ味を見ているかのよう。それも、名刀である。主人公の師匠は伝説的なハッカーなのである。1週間で終えるよう指示された仕事が10日かかり怒られてしまうのだが、常人ならばそもそも終わらない仕事なのだ。少ない情景描写も、いいスピード感で爽快。

また、主人公が、能力を取り戻して堕落から抜け出したものの、結局、ヤク中精神が抜けていないのが見どころだ。

まず、治療後にクスリがもう効かないと分かったシーン。

「あんたの新しい膵臓だよ、ケイス。それに、肝臓の詰め物もある。アーミテジは、あんたの内蔵がシカトするようにさせたんだ、その手のものを」

とモリイは赤紫色の爪で八角錠を叩いて見せ、

「あんたは生化学的に、アンフェタミンでもコカインでも、舞い上がれないのさ」

「糞ッ」

とケイスは八角錠に眼をやり、それからモリイを見やる。

「飲んでみな。一ダースでも飲むといい。なんにも起こらないから」

飲んだ。何も起こらなかった。

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF) 

ちなみに、治療のついでに、以前、神経に損傷を負わせた毒の入った袋が血液内に取り付けられている。時間がたてば袋が溶けて毒が回り、インターネット世界に意識を没入する能力はまた失われる。仕事を無事に遂行すればそれを取り除くことができる。治療のためとはいえ、勝手に膵臓と肝臓を交換されて大好きなクスリが効かない身体にされたら「糞ッ」と毒を吐きたくもなる。「なんだって、俺はこんなに不幸なんだ」と、ラノベ主人公なら呟きたくなるこの場面。この人間臭さが主人公の魅力である。その後、やはりクスリで舞い上がりたいらしく、怪しいクスリを調達してくるのだが、どうなるかは読んで確認してみて欲しい。

ネーミング

登場するガジェット類などの横文字のネーミングが絶妙だ。

 

IBM PC 5150.jpg
CC 表示-継承 3.0, Link

ジャック・インするために使うデッキ「オノ=センダイ・サイバースペース7

最高級コンピュータの「ホサカ・コンピュータ

主人公が復活して、最初にハッキングを仕掛ける巨大企業「センス/ネット

クローンが経営する巨大財閥「テスィエ=アシュプール

 また、対ハッキングセキュリティシステムである侵入対抗電子機器(ICE:Intrusion Countermeasure Electronics)の事を「氷(アイス)」と呼んでいるのもかっこいい。

 

なお、これらの用語についての解説は一切ない。唐突に登場し、まるで解説済みであるかのように作中を動き回る。

ラスト

ストーリーの本筋は、あまり賢いAIを作ってしまうと、チューリング機関という監視機関に消されてしまうので、消されるギリギリの賢さのAIを2体作る。そして、それらを合体させて神にも等しいようなAIを作ってしまおうという話。物語開始時では、すでにAIは2体存在する。主人公は、これらを合体する仕事を進めていく。

ラストの、合体したAIと主人公とのやり取りが面白い。

余談

上記で「鬼哭街」をサイバーパンク作品の例として挙げた。こちらに登場する朱 笑嫣(チュウ・シャオヤン)は、攻撃的な性格、得物が爪であることなど、ニューロマンサーのモリイそっくりである。攻殻機動隊の主人公である草薙素子も女性であるし、モリイが物語の中心人物として描かれたことから、やはり、ニューロマンサーはこれらの作品に大きな影響を与えたと感じる。

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鬼哭街」より

最近、「萌え×ミリタリー」が流行っている。美少女が無骨な兵器を扱って戦う姿というのは需要があるのだろう。「戦う美少女」というギャップがいい。しかし、女性が肉弾戦をするというのは無理がある。そこで、サイバネティック技術である。まさに、朱などは違法改造戦闘サイボーグであり、バリバリ肉弾戦をこなす。生身部分がほぼないくらいに改造が施されている。それらは、女性どころか人間の繰り出すパワーを遥かに超えた破壊力を生み出す。

ニューロマンサーにおいて、バリバリ戦うモリイは「映える」。サイバーパンク作品において、戦闘する女性が欠かせないのは、モリイが映えたからであろう。

おわりに

1周読んだだけでは「なんだこれ....」という感想しかなかったが、ストーリーや用語をしっかり理解してから読むと見事にハマった。

調べてみると、何やら映画化が進行中らしい。私はアニメでもいいと思うが。

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

 

 

*1:まず最後まで読め、との先人の教えにより

*2:言われなくても雰囲気で気づくと思うが

*3:何が刺さったか自由に書く、ということである

*4:毒で神経に損傷を負わされて